私は天使なんかじゃない







Reloaded






  時に足掻け。
  時に迷え。
  時に立ち止まれ。

  そして、全てが済んだら歩き出せ。





  キャピタル・ウェイストランドで愛されている放送局。
  GNRの放送。

  『これはBOS情報なんだがキャピタル北部にエンクレイブの部隊がちらほら出現しているらしい』
  『BOSが現在警戒態勢中だ、リスナーの諸君、くれぐれもBOSの邪魔をしないようにな』
  『何か最新情報が入ったらまたお伝えするとしよう』
  『放送は以上だ。……おおっと、宣伝を忘れてたぜ、ワンダラーワンダラーワンダーミートっ! キャピタルの画期的な食品ワンダーミート発売中だぜっ!』
  『聞いてくれて感謝するぜ。俺はスリードッグ、いやっほぉーっ! こちらはギャラクシーニュースラジオだ。どんな辛い真実でも君にお伝えするぜ?』
  『さてここで曲を流そう。曲はWay Back Home』



  Way Back Home。
  歌詞。


  『道はホコリだらけで、風は吹き荒れ、門は錆び付き、配管は凍りつく』
  『歌は元気一杯さ、俺の頼れる友人たちだ』
  『もう故郷に帰ろう』
  『帰ろう』
  『木々は松脂だらけで、日中は寝ぼけ、吠えまくる犬に、生意気な近所のガキども』
  『ジョークは最高さ、俺の幸せな仲間たちだ』
  『もう故郷に帰ろう』
  『なんで家を飛び出して来たのか分からなくなったよ、正直に言おう』
  『俺は疲れきった流れ者、一人ぼっちの歌を歌っている』
  『草が生い茂り、蜂は針するどく、鳥は素早く、ベルは鳴り響く』
  『心臓は?』
  『心臓はちゃんと鳴っている』
  『腕は?』
  『腕ならしっかりくっついてる』
  『故郷へ帰ろう』


  『太陽はどんな感じ?』
  『太陽は燦々と輝き』
  『じゃあ大地は?』
  『大地は花が咲き乱れ』
  『じゃあ牛は?』
  『牛はもりもり草を食べ』
  『じゃあ農夫は?』
  『農夫達はえらくのんびりしている。少年たちはとても賢く少女たちはとても可愛い』
  『故郷へ帰ろう』


  『豚は元気にブーブー』
  『フクロウも元気にホーホー』
  『田畑はいつも豊作』
  『流れ星がよく見える』
  『笑うととても愉快』
  『笑顔はまさに太陽』
  『故郷へ帰ろう』


  『なんで家を飛び出して来たのか分からなくなったよ、正直に言おう』
  『俺は疲れきった流れ者、一人ぼっちの歌を歌っている』
  『料理は盛り沢山で、ワインも酔い潰れるほどある、よく気の利く仲間たちに、女たちは選び放題』
  『愛は最も強い、人生は愛に溢れている、帰ろう、帰ろう、故郷へ帰ろう』
  『代え難き故郷へ』
  『我が愛しき故郷へ




  メガトン。夜。
  デスの襲撃から2日後。
  カウンターに置かれたラジオから流れてくる音楽が耳障りになって届く。
  「お代わり」
  「また?」
  「うるせぇ」
  「……これで最後よ」
  俺は露店の店のカウンター席で酒を飲んでいる。
  ゴブ&ノヴァ……ではない。
  その店の眼下にある、ランプランタンという店だ。金髪の女性は嫌そうな顔を隠さずに俺のコップにスコッチを注いでくれた。
  露店の店だ。
  隣接している屋内にもスペースがあるようだが、そちらは満員らしい。
  ……。
  ……そういう触れ込みだがな、実際は違う。
  さっき窓からちらりと中が見えた。
  ガラガラ、とは言い難いが席は空いているように見える。実際俺の後に来た奴は中に消えたっきり戻ってこない。自称中は満席とは違い、露店の方はガラガラ、俺しかいない。
  要は俺を嫌な酔客として認識しているのだろう。
  それは正しい。
  昨日は中で暴れたからな。
  このランプランタンは一族経営の店らしい。長男、次男、長女、の店のようだ。従業員は他にはいない。露店のカウンターで俺の相手をしているのはここの長女だ。
  「くっそ」
  悪態を吐いては酒を飲み、イグアナの串焼きの肉に齧り付く。
  肉はやや固い。
  わざと固くして出してるのか、いや、ゴブほどのスキルがないのだろう。とはいえ俺に適当に肴を出しているのも否定できない。
  こんな状態で酒を飲んでも美味くない。
  俺の格好はいつもと違う。
  革ジャンを着ていないし銃も帯びてない。
  最後の一欠けらを口の中に放り込んでコップを掴む。
  「……?」
  どういうことだ?
  コップが空じゃないか。
  「おい、酒はどうした?」
  「はあ?」
  「さっきまでコップ一杯に満ちてたじゃないか。マジックか? マジックで消したのか? 分かったから元に戻してくれよ」
  「もう帰ってよ」
  「俺は客だぞ」
  「警備兵か保安官助手を呼んでもいいのよ。帰れ」
  「くそ」
  ジャラ。
  キャップを適当にぶちまけて席を立った。
  足りないことはないだろ。
  むしろ多いぐらいかもな。
  「釣りはいい」
  泥酔、ではないが、悪酔いはしてる。
  ふらふらと俺は歩き出す。
  酒場はゴブの店とここしかないが、酒を売ってる露天商はいる。メガトンが発展したから露店の物売りが増えた。夜は酒の時間だ、こんな時間だからこそ売ってる露天商もいるだろう。
  あれから。
  あれから俺はこうして過ごしてる。
  スプリング・ジャックが死んだ、手下も死んだ、結局俺はあいつらの名前すら知らないままだった。
  レディ・スコルピオンはその後姿を消した。
  ベンジーがあの女もストレンジャーの仲間だったのかもな、レディ・スコルピオンというネーミングもそれっぽいよなと言った、俺はベンジーをぶん殴った。
  全てが嫌になって俺はこうして過ごしてる。
  「そこのあなた」
  「……あん?」
  知らない女がこちらを見ている。
  若い女だ。
  美形。
  悪くない。
  腰には10oピストルを無造作にぶら下げていた。
  「あなたのことは知らないわ。旅人さん?」
  「そんなもんだ」
  旅人、か。
  結局俺はこの街の住人ですらないってわけだ。
  この女性に他意はないとしてもだ。
  「私はルーシー・ウエスト。アレフ居住地区の兄を訪ねてしばらくメガトンを留守にしてたの」
  「……」
  「ああ、そうね、世間話は良いわね。昔に比べてここは住み易くなってるけど、どの街でも夜は危ないわ。見たところ武器も持ってないし。どこか寝床を探した方がいいわよ」
  「……ああ」
  「そう。じゃあね」
  ルーシー・ウエストは去って行く。
  寝床か。
  俺の居場所ってどこなんだろうな。
  さっきの耳障りな曲を思い出す。
  心の中で鳴り響く。
  「なんで家を飛びだして来たのか分からなくなってきたよ」
  口ずさむ。
  本当だぜ、全くその通りだぜ。
  何で俺はここにいるんだ?
  どうしてボルトにいなかったんだ?
  外に出たって疲れるだけだし嫌なことばっかりじゃないか、どうして外に出たんだっけ?
  ボルトにいれば毎日同じ奴見て、同じ飯食って、同じ仕事して。
  それが嫌だった?
  かもな。
  だけどそれって毎日変化なく続くってことだ。
  変化がないのが嫌だった?
  マジでバカだったぜ、それは最高なことじゃないか。毎日同じことが続くのなら楽に生きられる。
  俺は路肩に座り込んだ。
  どうして俺はここにいるんだ?





  「いらっしゃい。おや? これは久し振り」
  「よおゴブ」
  ゴブ&ノヴァに1人の客が訪れた。
  全身に銃火器をくくりつけ、腕にPIPBOYを装着したメタボの男性。
  名をケリィ。
  かつてはOC専属スカベンジャーを名乗っていた人物。
  現在はフリー。
  店に入るなら周囲を見渡す。
  客入りは悪い。
  閑古鳥。
  メガトンの門が爆破されたことにより治安悪化、そして前回のデスの襲撃で街の住人は息を飲むかのように動静を見守っている。本当に安全かどうか見極めるかまではこの状態が続くだろう。
  特にこの店は、様々な厄介の起点ともなっているので風当たりが強い。
  「あら、いらっしゃい、Mr.アウトロー」
  「相変わらず綺麗だなノヴァは」
  「お世辞として受け取っておくわ。誰かお探し?」
  「あいつ誰だ?」
  指差す。
  その先にはこの間までブッチが立っていた場所があった、そして今その場にいるのはベンジー。
  2人はこれが初対面。
  ゴブやノヴァと知り合いと見て、ベンジーはケリィがなじみの客だと判断。
  軽く会釈する。
  「ベンジャミン・モントゴメリー軍曹だ。よろしく」
  「軍曹?」
  「あー、そうだった。階級はまずいんだったな。エンクレイブではない。タロン社ではもない」
  「ふぅん。ケリィだ。よろしくな。ところでブッチはどうした? ボルト至上主義者の動きが分かったんだ、連中はストレンジャーといる。ストレンジャーの居場所を知る奴の、居場所も分かった」
  誰に言うでもなく興奮気味にケリィは話す。
  彼は知らない。
  この街にストレンジャーのデスが攻勢を仕掛けてきたことに。
  「話がでかくなってきたぜ。気に食わんがな。ともかくアランをぶっ飛ばすにはストレンジャーとやり合う必要がある。あいつはストレンジャーって知ってるのか? まあいい、どこにいる?」
  「ボスは帰って来やしないよ」
  ベンジーか忌々しそうに呟いた。
  頬を撫でる。
  殴られた部分が痛む。
  レディ・スコルピオンが姿を消したとき、彼は暴言を吐いた。それに関しては非を認めている、殴られても仕方なかった。
  しかしブッチが腑抜けたことに関しての憤りは消えない。
  「帰ってこない? どういうことだ?」





  「何だね君たちは? ここは私の研究施設なのだが」
  薄暗い地下にある空間。
  それはワシントンDCの地下に張り巡らされたメトロの1つ。
  マリゴールド駅の中。
  駅の上にはグレイディッチと呼ばれる街がある。
  正確には街があった、だ。
  最近炎を吐き出す巨大なアリが蔓延り街は壊滅、生き残った住民は四散して逃げた。大抵はメガトン共同体の中に溶け込んだがリベットシティに逃げた者もいる。
  この新手のアリのミュータントの発生原因は不明。
  南に移動して勢力を広げようとして入るものの、ウィルヘルム埠頭のハンターたちがそれを阻止しているので被害の拡大には至っていない。
  実はこれは人為的なことだった。
  そう。
  マリゴールド駅の駅員室に研究室をこしらえている、メガネをかけた気弱そうな白衣の人物の仕業だった。
  「久し振りだな、Dr.レスコ」
  「私の名を……」
  「見忘れたか、ボマーだよ」
  「ああ、あの時の」
  この研究室を運営しているのはDr.レスコただ1人。
  しかし同然それだけでは人手が足りない。
  少なくとも人体実験に必要な素体を集める人がが足りない。
  数年前キャピタルで暴れていたストレンジャーにオファーを出したのがきっかけてある程度の付き合いが出来た。人体実験の素体も滞りなく手に入った。
  顔見知りではある。
  だが、あくまで契約上の関係であり、それだけだ。
  だから。
  「大勢引率で何か用かな?」
  だから、ストレンジャー&ボルト至上主義者たち&ジェリコとクローバーが大挙として訪れてきたことに関して若干の苛立ちがあった。
  特にボルト至上主義者は20名以上いるので部屋に入りきらないほどだ。
  ストレンジャーの1人、カガンナーは小声で呟いた。
  「相変わらず気味の悪い奴」
  「何だって?」
  「Dr.レスコ、しばらく厄介になる」
  割って入るボマー。
  一瞬何を言っているか分からないという顔をDr.レスコをしたが、すぐに怒気を帯びた顔に変った。
  当然だろう。
  いきなり来て、いきなり留まるというのだから。
  しかしボマーは気にせずにアラン・マックに声を掛ける。
  「滞在料を払いたい。そちらで都合してくれるか?」
  「はあ? まあ、構わんが。ジャラジャラする、あのヌカコーラの王冠のことならそんなに持ち合わせはないぞ」
  「別のものだ。いいかな?」
  「構わんよ」
  「それはよかった。バンシー」
  「はい。ボマー」

  ガッ。

  物言わずにボマーの腹心のバンシーが1人のボルトセキュリティを組み伏した。
  その行動にさすがのジェリコも唖然としている。
  「Dr.レスコ、滞在賃に1人渡そう」
  「ほう? なら、拒むこともないな。楽にしてくれ。自分の家だと思ってくれたまえ」
  「そいつは助かる」
  ボマーは満面の笑みを浮かべる。
  そして仲間に、アランたちボルト至上主義者たちに宣言する。
  「ここを拠点に大佐からの依頼を完遂する。キャピタルで暴れろをな。安心しろ、アランさんよ、要は暴れれば依頼完遂なんだ、その一環であんたらの標的を消してやるよ」





  ストレンジャーとボルト至上主義者たちはグレイディッチに地下に留まることとなった。
  空いている駅員室を各々宛がわれた。
  と言ってもストレンジャーとボルト至上主義者が別個の部屋を与えられただけで、全員に個室があるわけではない。勢力ごとに分かれただけだ。
  駅内にはまだその手の空間はあるが、他のルートは炎のアリが徘徊している。
  あくまでDr.レスコはアリに能力を与えただけであり、飼い慣らしているわけではない。
  その為、駅の大半は防火扉で隔離されていた。
  「親父、こんなんでいいのかよっ!」
  ワリーが吠える。
  ボルトセキュリティたちも憤っている。
  当然だろう。
  勝手に仲間がここに留まる為の駄賃にされたのだから。
  従がえているアラン・マックも内心では苛立ってはいたが、纏める立場として冷静でいた。元々酷薄というのもあったが、冷静でいられた。
  ジェリコとクローバーはその様を見ていた。
  笑みを浮かべて。
  陣営的にはこちらだが、本来は違う。ジェリコとクローバーの間柄同様に目的が同じだから組んでいるだけだ。もっともアラン・マックは従えれていると思っているが。
  「親父っ!」
  「分かっている。考えてる」
  その結果、出された答え。
  それは……。
  「あの連中は当てにならんな、長い付き合いは不利だ。こちらはこちらで動くべきだ。ジェリコ、ブッチ・デロリアを殺して来い」
  「俺がか?」
  おやおや高みの見物はお終いか、と内心でジェリコは思った。
  もちろんそれを口には出さない。
  だが高みの見物をやめるつもりはない。
  だから別のことを言った。
  「行くのは構わんが、あいつらがまた生贄求めたらどうするんだ? 1人は必要不可欠だったが、これ以上こちらが譲歩する必要はない。俺とクローバーが万が一の時にいないとやばいぞ?」
  「……確かに、な」
  「では私が行きましょうか〜?」
  ボルトから付いてきたMr.アンディという名の浮遊型ロボットが視覚としての立候補保する。
  タイプはMr.ハンディ型。
  Mr.ハンディは家庭用のお手伝いロボットだが賊用の対処の為に火炎放射機能が内蔵されている。ボルトセキュリティよりタフで従順。アランはジェリコの能力を認めつつもその胡散臭さも
  見抜いていた。傲慢ではあるが馬鹿ではなかった。全面的には信じていない。そういう意味ではMr.アンディを保険として残しておきたかった。
  「ワリー」
  「なんだい、親父」
  「お前が部隊を率いてブッチ・デロリアを殺して来い。出来るか?」
  「当然だぜ親父っ!」
  「では行け」
  「おうよっ! 数人いればいいぜ、付いて来いっ!」





  「これは活きのいいボランティアだ。実に研究のし甲斐がある」
  「んーんーっ!」
  猿轡をされ、裸に剥かれた白人男性がオペ用のベッドに拘束されている。
  Dr.レスコは嬉々としてゴム手袋をはめた。
  彼の目的は、実は人類の為だった。
  放射能で巨大化したジャイアントアントの生態を従来の蟻に戻す、つまり戦前の極小の存在に戻すこと、それが目的だった。
  ただやり方が常軌を逸していた。
  だから。
  だからリベットシティを追放された。
  追放される前に強制進化を促すFEVウイルスをちょろまかし、ボルト112でエデンの園創造キットを探したのも純粋に世界を救う為なのだが、やり方がいたん過ぎて誰にも理解されない。
  ただそれは当然だろう。
  人に対しての人体実験は既に蟻は関係ないし、ジャイアントアントを極小化させるどころか火を噴く能力を与えてしまった。
  だが彼は思う。
  それこそが科学の根幹だと。
  失敗を繰り返してこそ進歩があるのだと。
  グレイディッチの街の壊滅も彼にとっては人類全体の明日の為の副産物に過ぎない。
  「さあ実験を開始しよう。人類の明日の為だよ」
  「んーんーっ!」
  それを壁に寄りかかってバンシーが見ている。
  助手としての任をボマーに与えられたもののDr.レスコに不要と言われ、することもないので見物している。彼女にとってボマー以外のことは興味なかった。
  とはいえここの主が死なれては困る。
  その思慮はあった。
  だから。
  だからDr.レスコの襟首を不意に掴んで後ろに引っ張った。
  銃撃音。
  そして同時に突っ込んでくるコスプレをした女性にバンシーは向き直る。
  「ストレンジャー追って来たらDr.レスコもいるとはね。実に好都合、死んでもらう悪魔たちめっ!」
  「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  「……っ!」
  バンシーの口から発せられる怪音波。
  それは破壊力のある、音。
  回避不能。
  コスプレの女は、アンタゴナイザーはそのまま壁に叩きつけられ、動かなくなる。
  「他愛もない」





  「……うー……」
  メガトン。
  どこをどう歩いたのか。
  俺は、ブッチ・デロリアはメガトンの寂しい場所に出た。見覚えはある。だだっ広いこの場所はメガトンの農地になる……予定だった場所だと市長に聞いたことがある。
  ただ耕地には向かなかったようで作物は育たなかった。
  以来ここは空き地のまま。
  マギーやハーデンが銃の訓練をしている場所だ。
  俺もここでたまに練習してた。
  何故か空き地で座り込んでいる。
  まあいい。
  「……」
  不意に誰かがこちらに近付いてくるのが分かった。
  さっきルーシーが言ってたな。
  夜は危険だと。
  ……。
  ……だが、このまま死んでも別にいいだろ。
  トンネルスネーク?
  自然解散だ。
  トロイはいなくなり、ED-Eもいなくなり、スプリング・ジャックと仲間たちは死に、レディ・スコルピオンもいなくなり、ベンジーとは喧嘩別れ。
  結局は、あれだ、優等生が出来たから俺にも何かできると思ったのが原因だ。
  デスも言ってた。
  ヒーローだと思ってたのかってな。
  俺は凡人だ。
  モブ。
  調子に乗ってた報いってやつが来るわけだ。

  「ひ、ひぃっ!」

  バタバタと足音が遠ざかっていく。
  3人ぐらいか?
  俺は何もしてない。
  俺をカモと見なして嬲ろうと来たであろう連中も見えてすらない。
  「……」
  闇に目を凝らす。
  何かの輪郭が浮かんだ気がした。
  デスか?
  わざわざ俺を殺しに来た?
  だとしたら、痛み入る。
  「外の連中はどうして自分を見ると逃げ出すのか。無礼なことだ」
  「……ああ、あんたか」
  闇を引き剥がして俺の目の前に現れたのはメトロの奴だ。
  相変わらず全身余すところなく防具で固めている。アッシュ曰く、あれは戦前のアメリカ軍が動力源が必要で高価になるパワーアーマーの代替として、簡易版として開発した耐久性に優れた
  ボディーアーマーらしい。ヘルメットも含めて、ライオット装備という名前の防具のようだ。基本で回ってない。キャピタルではメトロ専用装備。西海岸ではそうではないらしいが。
  こいつがこの間の3人組の1人なのだろうか?
  声もくぐもる為に判別できない。
  「久し振りだな、ブッチ・デロリア」
  「ああ」
  この間の3人の1人だろう。
  そして多分マックスだかマキシーだかだと思う。他の2人は接触すら嫌がってたからな。
  「マックス? マキシー?」
  性別も分からない。
  「好きに呼べばいい」
  「お前の仲間も性別知らないんだろう? マックスと呼んでたし、マキシーとも呼んでた、呼び方の基準は何なんだ?」
  「ノリだ」
  「ノリか」
  「自分を男だと思っている奴はマックスと呼ぶ、その逆はマキシー。だが特に意味はない。呼びやすいように呼べばいい」
  「そうか」
  「どうした、この間みたく愉快ではないな」
  愉快の定義は分からんが愉快ではない。
  俺は黙殺した。
  だが沈黙は続かない。
  マックスはよく喋る。仲間がいないからか喋りまくる。
  「外の世界は面白い。ドゥコフという男がいたんだ、昔な。そいつが仲介して我々の作った武器を外に売ってた。そいつがいなくなった。調べたら殺されたらしい。だから外に来たんだ」
  「……」
  「自分たちの手で物資調達する為にね。自分たちの手で売り捌いてみたらびっくりだ、あの男、10分の1で売れたと申告してた。我々ぼったくられていた」
  「……」
  「メトロでは自給自足が出来ている。が浄水チップの損傷もあるからな、ちょうど地上では浄水された水が出回っていると聞いた。それを買い漁りに出て来た次第だ。我々は戦前から続く、純血
  のロシア人。汚染はされたくない。我々の始祖が何故メトロにいたのかは知らないが、戦争直前に同胞でコミュニティを築いて籠ったと聞いている。直後に全面核戦争が起きたのだと」
  「……」
  「とはいえロシア人、ということに拘りはない。純血の、つまりは遺伝子が戦前のままの人類を広く欲している。それが我々の規律なのだよ」
  「……よく喋る」
  「ようやく喋ったか。自分としてはもっと話したいものだ。外の連中との接触は禁じられているが、話し合わなければ何も始まらないからな。もっとも同胞以外との会話に飢えているというのもあるが」
  「……」
  「まただんまりか。ふぅむ。ため込むのは体によくないぞ」
  「……」
  こいつは俺と似てる気がした。
  ボルトとメトロ。
  どちらにも閉鎖された空間から出て来た者同士だ。
  思えば出て来た当初は俺もこんなんだったな、見るものすべてが新鮮で、感動的だった。
  しかし今の俺は?
  少しこいつに意地悪してみたくなった。
  「外なんか珍しくも何ともない。穴蔵に戻んな」
  「お前も穴蔵の中なのに?」
  俺がボルト出身者だと分かってての発言か?
  まあ、PIPBOYしてるから分かるか。
  よっぽどのことがない限りこれはボルト専用装備だ。例え俺から誰かが略奪しても意味はない。使い方が特殊で理解できないからだ。ボルトの人間が教えない限りな。
  昔と違って説明書もないわけだしな。
  「お前だってメガトンにいるだろ。穴蔵の中じゃないか」
  「はあ?」
  ボルト出身者と知ってのことではないらしい。
  メガトンが穴蔵?
  何を言ってんだ、こいつ。
  「お前の目は節穴か? ああ。そんなフルフェイスのヘルメットしてるからか? 取って上を見てみろ、空があるだろ」
  「空があるから穴蔵ではない、そんなものは詭弁だ」
  「はあ?」
  「お前は今メガトンいう囲いの中にいる。地下と何が違う。いいや同じだ、閉鎖空間だ。境界はあるじゃないか、地下と同じだ」
  「メガトンの門を出たら外だ」
  「出たところでキャピタル・ウェイストランドという穴蔵だろう? 別の地域との境界がある。人はどこをどう出ようと自分の限界というその枠以上には出られない。空間は関係ないのだ、必要なのは
  心がどうかだ。心に翼があれば穴蔵ではない。天井があるないではないのだ。ここが外だというのであれば、お前は何故そんなに腐っている? 何故せっかくある空の星を見ない?」
  「……」
  「お前の心を縛っているのは穴蔵がどうかじゃない、もっと本質的な何かだ。それが何かは知らん。自分で導き出せ」
  「……」
  こいつ何もんだ?
  俺に説教してやがる。
  だが、痛い。
  心に翼ね。
  心にぐんぐん突き刺さって痛いというのと、表現が臭くてアイタタタな痛さがある。
  「お前すげぇこと言うな」
  「仲間にもよく言われる」
  「どうして俺に気を掛けてくれるんだ?」
  不思議だ。
  「とっかかりというやつだ」
  「とっかかり」
  「こんなナリしているからね、まず普通の奴は話しかけてこない。お前はそうじゃなかった。とっかかりだ」
  「そうか。まあ、ありがとな」
  「何なら自分と付き合うか?」
  「えっ、お前女なの?」
  「さあ?」
  「……」
  「ふふふ。私は同性婚でもウェルカムだぞ、ブッチ・デロリア」
  「……俺はウェルカムじゃない」
  「それは残念」
  お互いに笑いあう。
  何となくだが見えてきた。
  俺は自分で限界を決めてた。
  まだだ。
  まだ俺の限界なんかじゃないっ!
  やり返さなくちゃな。
  トンネルスネークに喧嘩を売った報いって奴をストレンジャーに教えてやんぜっ!
  「じゃあな、マックス」
  「マキシーと呼んでくれ」
  「やっぱ女?」
  「ロシア系の、18歳超絶美少女だがそれが何か?」
  「……ギャンブルか? これは、何かの引っかけ問題か?」
  「ははは。またな」
  「じゃあな」
  マックスと別れる。
  その足でゴブ&ノヴァに戻る。
  ベンジーがバツの悪そうに俺を見た。ケリィ……おお、ケリィがいるじゃねぇか、相変わらずカウンターで酔い潰れてるけど。
  誰かが何かを言おうとしたが俺は何も言わずに階段を上る。
  そして俺が借りている部屋に入った。
  革ジャン、弾倉が空になったままの銃、銃が収まったままのホルスター、ここを出て行ったままだ。
  ランプランタンで聞いた曲を思い出す。
  俺は疲れきった流れ者、一人ぼっちの歌を歌っている。
  草が生い茂り、蜂は針するどく、鳥は素早く、ベルは鳴り響く。
  心臓は?
  「心臓はちゃんと鳴っている」
  腕は?
  「腕ならしっかりくっついてる」
  銃は?
  「ここにある」
  ホルスターを装着。
  9oピストルを2丁引き抜く。
  弾丸は?
  「ふんだんに」
  装填。
  ホルスターに戻す。
  お気に入りの皮ジャンは?
  「チャンと着たぜ」
  よっしゃーっ!
  完・全・武・装っ!

  ガチャ。

  扉を開けて部屋を出る。
  階段を下りて一階に戻るとベナンジーが、酒場の皆が俺を見ていた。
  「ベンジー、ボサボサすんな、トンネルスネーク行くぜっ! ストレンジャー? はっ、俺たちトンネルスネークは最強だ、あんなの目じゃねぇよ。だろ?」
  「……はははっ!」
  「何だよ」
  「それでこそ俺のボスだぜ、さあ行こう、悪党退治によっ!」